「健康論の誘惑」を読み解く

「健康論の誘惑」を読み解く

本書のタイトルは「健康論の誘惑」である。しかし「みんなで健康について楽しく語ろう!」といった能天気な本ではない。

ここで言う「健康論」とは、身体の状態について人びとが日々語っているもののことだ。健康について語られたありとあらゆることば、私たちはそれを「健康言説」と呼ぶ。また、広告のように図像表象的に健康を語るやり方もある。これは「健康表象」である。それらは相互に連動し、独特の魅力を放ちながら、健康論的言説世界に人びとを誘惑する。それが現代社会の重要な構成要素になっているのではないか。私たちは、それをカッコに括るメタレベルの地点に立って分析する必要があると考えた。

要するに〈健康について人びとが語ることのもつ社会的な構築力〉について論じてみようというのが本書のテーマである。あえて内容告知的な副題をつけると「健康言説ならびに健康表象に関する培養型ナヴィゲート構造の社会構築主義的分析」ということになるだろう。公式の英文タイトルは "Addicted to Health Discourses" にした。分析の焦点は、人びとが熱心に健康について論じるという現象それ自体、あるいは健康について語ることがもつ得難い魅力自体にある。まさに「健康論の誘惑」そのものが本書の研究対象なのである。

そもそも本プロジェクトは、一九九五年夏から野村一夫(社会学)が公開していた個人サイト「ソキウス」の医療問題関連ページを読んだ池田光穂(医療人類学)がコメントを送ったことに端を発する。これがきっかけでメールを介しての討論が始まり、医療問題についての共同研究を立ち上げようということになった。そのさい、池田の旧知の研究仲間だった医師の佐藤純一(医療史・医学概論・社会医学)が加わり、三人で明治生命厚生事業団「健康文化」研究助成に申請した。そのときはとくに詳しい知識があったわけではなかったが、健康というものを構築主義的に見直す線で研究計画を立てた。このプロジェクトは一九九七年度の研究助成に採択されることになり、それで三人の討論が始まった。

翌年このチームは拡大して当時熊本大学にあった寺岡伸悟(社会学)と佐藤哲彦(社会学)が加わり、一九九八年度の吉田秀雄記念事業財団研究助成によって健康関連広告について一年間共同研究することになった。本書はその報告書『日本の広告における健康言説の構築分析』(一九九九年三月、全一二一ページ)をもとに、明治生命厚生事業団での報告を取り込み、さらに本プロジェクトと前後して書かれた池田と野村の個人研究を加えて、全面的に改稿したものである。

全体として、前半にケース研究、後半に試論的な理論研究を配したが、基本的に各論文は独立したものである。陀羅尼助、折込広告、生活習慣病、中米の民間医療、存立構造論、身体論、学説動向といったように、テーマも素材も多様である。まずは対象となった「健康論」の多彩な展開形態にご注目いただきたい。

本書自体がある程度の時間幅を内在させていることと、各自それぞれ自分の研究スタイルをもって取り組んだこととによって、一見して統一感の薄い論文集に見えるかもしれないが、しかし、ここに収められた論文群は草稿段階から頻繁なメーリングリストでの応答と研究合宿での濃密な議論によって相互に深く参照しあっており、微妙なズレをはらみながらも、ある程度の基本思想が共有されていると言っていいだろう。その意味で、確実にこれらはひとつのプロジェクトの産物なのである。

私たちの共有スタンスを一言でまとめると、健康と病いの問題をいったん医療の文脈から解き放つこと、何よりも近代医学および公衆衛生学的視点から見ることをやめることである。

健康になることを語る(騙る?)広告のように「売りたい」「儲けたい」「経営をよくしたい」といった経済的な願望から語られる健康に対して距離を取ることは言うまでもないが、それらを批判する側にありがちな「問題は解決しなければならない」とか「科学的真理に即して俗説を排する」とか「人びとが健康な人生を送れるように願う」ことからも解放されることが必要だと考える。これらのエートスや願望そのものが現代社会を構築する自己言及的な構成要素になっていると考えるからだ。現代社会の批判的分析を志す研究者としては、あえて異邦人の眼で見ることを心がけた。

したがって本書においては、権威ある医学的真理も、制度化された公衆衛生行政も、内外の民間医療も怪しげな折込広告も、そしてそのようなものを理性的に研究する営みも、すべて同じ資格において並列され、研究の対象として批判的に論じられている。いずれも「からだにいいこと悪いこと」を語り合う営みにすぎないからである。その営みの総合こそが独特の信憑性構造を構築してきた。私たちが各人各様に切り込もうとしたのは、その独特の信憑性構造に他ならない。

すでに述べたように、本書は「平成九年度明治生命厚生事業団研究助成」および「平成十年度吉田秀雄記念事業財団研究助成」による成果であり、一九九九年から継続中の文部省科学研究費による研究「病気と健康の日常的概念に関する実証的研究」の中間報告的位置づけをもつ。これらがなければ私たちはそもそも出会うこともなかったし、研究合宿で深夜まで討論することもなかった。そして、長い議論のあと、温泉につかりながらその仰々しい効能書きを即興的に言説分析する楽しみも得られなかっただろう。記して感謝したい。

二〇〇〇年四月

著者一同

目次

「健康論の誘惑」を読み解く

第一章 不健康な医薬品たちへ——陀羅尼助からのメッセージ
寺岡伸悟

第二章 健康クリーシェ論——折込広告における健康言説の諸類型と培養型ナヴィゲート構造の構築
野村一夫

第三章 「生活習慣病」の作られ方——健康言説の構築過程
佐藤純一

第四章 健康は普遍的か? ——多元論的健康を考える
池田光穂

第五章 〈健康論〉の存立構造——あるいは、不在についての語り、について
佐藤哲彦

第六章 健康言説の政治解剖学——構築分析から因果論批判へ
池田光穂

第七章 健康の批判理論序説
野村一夫

参考文献

索引

著者紹介

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