すべてクラウドによる授業の作品化(メゾメディア活用実践研究)

 本書は平成二八年度「特色ある教育研究」に採用されたプロジェクトのスタートアップ作品である。そこで、このプロジェクトについて述べておきたい。以下は申請書類から。

すべてクラウドによる授業の作品化(メゾメディア活用実践研究)

申請者 野村一夫(経済学部/教授)

実施学部・学科名 経済学部全学科

共同研究者 細井長(経済学部/教授)・宮下雄治(経済学部/准教授)・山本健太(経済学部/准教授)

事業の概要(計画期間全体)

○目的

 経済学部教育における「授業の作品化」。美大音大では自明のプログラムであるが経済学部教育ではほとんど意識されてこなかった。しかし学生にとって有意義な授業を考えたとき、知識のデザイン・体験の質・トレーニングの仕方・出会いの工夫に加えるべきプログラムではないか。第1に授業を「見える化」すること。第2に学生が学修成果を手触りのある作品として獲得すること。第3にその教育効果を測定することである。ここを「メゾメディア」の駆使によって抜本的に改善し、先進的な高等教育プラットフォームを構築する。メゾメディアとは配布配信先を限定したメディア技術のこと。印刷物・SNS・チラシ・ML・グループウェアなど。

○内容

 授業で生まれるコンテンツは完成品ではないので配布・配信の領域設定が決定的に重要である。かと言って参加者にしか共有しないのではオープンな実績(これが作品)にならない。授業参加者以外の人たちとも共有することがポイントである。他の同級生・教員・後輩・訪問企業などと適切に共有できるかが問題である。本研究では「メゾメディア」という新概念を高等教育に適用して「適切な範囲内での授業の作品化」を進める。さらに今回は「すべてクラウド」で作品を制作する。第1にクラウド編集システムを利用して新書形式でオンデマンド出版する。これが前例なしの技術的最先端。第2にその教育効果をアンケートによって測定する。第3に授業のドキュメントを制作して共有する。さらに教育現場における知的財産権問題の最適解を探る。

○計画

 まず「授業の作品化」に参加する授業を確定する。現時点では「基礎演習A・B」「経営学特論(ビジネスデザイン)」「経営学特論(リーダーシップ)」「野村ゼミ」などが参加予定。合計9冊の新書を制作する。4月にメゾメディアのプラットフォームを構築し、クラウド出版システムの導入、学生による編集チーム・取材チーム・アンケートチームの編成を行う。先行チームから新書制作、ゼミ説明会に合わせてドキュメント制作、後期に後続チームの新書制作、期末にアンケートを行い教育効果を測定する。最後に報告書を新書としてオンデマンド出版して、学内外に日本初の高等教育プラットフォームのフラッグシップを掲げる。

〇期待される成果等

1 外部からはわかりにくい経済学部教育の具体的内容を可視化して共有できる。

2 学生個人のわかりやすい成果物として活用できる(企業との接触場面など)。

3 作品として残るので、将来の学生たちの具体的な(手触りのある)学修目標になる。

4 「基礎演習B」のプレゼン大会の内容など、アクティブ・ラーニングと融合させることで「教育のアクティブ化と作品化」をアピールできる。

5 「授業の作品化」が、いかなる教育効果を持つのかを検証して、全学に提案できる。

■教授会で配布した募集チラシ

 以下は教授会で配付したチラシの本文である。

特色ある教育研究「すべてクラウドによる授業の作品化:メゾメディア活用実践研究」

参加チーム募集

目的 授業を見える化する。学修成果を手触りのある作品にする。

内容 クラウド編集システムを利用した新書制作。モノクロ写真可能。縦書き。

効果 学生に作品をもたせる。提出リポートの共有。後輩の目標になる。

研究課題

 教育内コンテンツの配布範囲をどのようにコントロールするか。教育効果の測定。

参加予定チーム(刊行予定順)

 野村ゼミ3(4月刊行)野村ゼミ2(6月刊行)ビジネスデザイン、リーダーシップ、情報メディア問題入門(8月刊行)野村担当クラス基礎演習(1月刊行)基礎演習Bのプレゼン大会の「クラス代表にプレゼン」の読み原稿、研究報告書(3月刊行)。

★募集内容

 演習系・フィールド系などの参加チームを募集します。

 担当教員の責任編集を条件とします。学生の原稿を編集して完全原稿にしてください。

 著者名は「授業名+参加学生」を基本とします。

 版下製作・オンデマンド印刷は野村がトッパンのシステムを利用して行います。

 校正は1回とします。基本的に内容修正はなしで。縦書きに伴う微調整のみ。

 冊数は50部前後。授業によって調整します。

 ご希望の先生は野村R707FF@kokugakuin.ac.jp宛てに16日正午までにお知らせ下さい。担当教員・授業名・学生数・タイトル・全員か選抜か・想定部数・趣旨をざっとでけっこうです。1月に配布した野村編『女子経済学入門』を参照して下さい。

■基礎演習で制作した『女子経済学入門』

 私はここ十年ほど一年生の基礎演習も担当してきた。この授業が一番悩ましいのは、おそらくどの先生も同じだと思う。けれども私自身はかつて『社会学の作法・初級編』という本を一九九五年に出版していて、導入教育にはある程度の考えはもっていた。ただし、それをそのまま現在の国学院大学経済学部に当てはめるわけにはいかず、それなりの模索過程があった。学部教務委員会や自己点検・評価委員会で議論してきたこともあって、二〇一二年の学部共同研究として基礎演習のあり方の再検討をした。アクティブ・ラーニングをはじめとして協同研究やケース研究のやり方を勉強した、その成果が『ゼミ入門──大学生の知的生活第一歩』(文化書房博文社、二〇一四年)である。いろいろ彷徨していた私の結論は最後に原点に還ってしまい「本を読めるようにする」ということであった。そして書け。ここが分かれ目だと考えたのである。

 経済学部自体は基礎演習の全面的なアクティブ・ラーニング化に踏みきり、私も慣れないながらもプログラムに沿ってやっている。昨年度は、先行チームとは別に私なりの試みをして今年に備えた。詳しいことは『女子経済学入門』に書いた。ポイントは「体験」と「作品」。アクティブ・ラーニングの先行チームは、ものすごい馬力でスタイルを確立していった。ビジネス・コンテストは、シャイで内気であか抜けない本学経済学部学生のイメージを一新するかのようであった。これが必要だということは実証されたと感じた。要するに必要だったのは、授業の「体験」だったのだ。そこに異論はない。

 しかし、それは形に残らない。学生自身が成長するので、それはいつかは形になるのであるが、そのつど形にしていけば、本人も友達も教員も後輩にも共有できるのではないか。そして、後輩たちにとって目に見える目標になる。それが「作品化」であって、それ自体は歴代の野村ゼミでやってきたことである。ゼミには選考があり、それなりの志向性をもった学生が覚悟して入ってくる。だから雑誌制作という難易度の高いことができる。そう考えていた。しかし私はそれを基礎演習にスピンオフできるのではないかと考えた。そして最後のレポートを本にすることをめざして、一年間トレーニングをしたのである。具体的なプロセスについては『女子経済学入門──ガーリーカルチャー研究リポート』(国学院大学経済学部野村研究室、二〇一六年)にメイキングとして書いておいたので、ここでは省略するが、結果としてなんとかできた。素材にした本はほとんど野村ゼミで読んできたものである。LINEのおかげで連絡がきわめてスムーズだったし、十二月中旬にトッパンのクラウド編集システムの開発に参加できたのもラッキーだった。おかげで大学の紀要どころか、一流出版社品質の新書本になった。本としての「品質」は、じつは「作品化」にとってかなり大事な要素なのである。

■学生が書くということ、あるいは巨人の肩の上に

 本プロジェクトの基本的な考え方のひとつは、学生の作品は必ずしも「創作物」でなくてもいいのではないか、「編集物」でいいのではないかということである。ただし条件がある。

(1)信頼できる情報源に到達しているか。

(2)それなりの分量の情報・知識を収集しているか。

(3)自分なりの基準をもってセレクトしているか。

(4)素材から的確な論点を引き出せているか。

(5)チームでの議論に耐えうるかを検証しているか。

(6)自分なりの工夫をして表現しているか。

 原稿としては、この六点を満たすのが理想である。企画編集執筆の各段階で何度も確認してきたことだが、本ができたのちに全ページを読んだ上でゼミとして振り返りができればいいと思う。

■天才でないのであれば

 経済学部の授業において「研究成果」は「編集物」でよいという論点について、背景となる考え方を補足しておこう。

 一般に人文社会系の勉強をまとめるさいには次の点が充足していなければならない。

(1)先行研究をフォローすること。

(2)オリジナルな論点があること。

(3)妥当な手続きを取っていること。

(4)形式的要件を満たすスタイルで表現されていること。

 もし学生の作品が一般公開されるとなると、この四点を満たす必要がある。しかし、そうでない場合は(1)を満たすことが重要である。これを無視できるのは天才かカリスマだけであろう。(2)さえあれば、他の条件は支持者や追随者によって整備されるからである。こういう人は、それほど世の中にいるものではない。そう、学生にも教員にも。そもそも、天才にしてもカリスマにしても日本の大学制度にはなじまないであろう。

 経済やその隣接領域について、学生はほとんど白紙状態で大学に来る。高校の「政治経済」の教科書のうち経済を扱っているのは、わずか百ページである。しかも受験は経済の授業より早く来る。だから経済学部生であっても「政治経済」で受験した経験のあるものはごく少数である。

 この領域は年ごとに大きく変化する。たとえば一年生の基礎演習Aでこの春に検索の実習として扱ったテーマは「パナマ文書」である。これは春までだれも知らなかった情報である。その背景には「タックスヘイブン」「オフショア経済」などがある。グローバル経済が直面する「闇の経済、裏の経済」について「パナマ文書」から系統的に説明できる人はまだまだ少ないはずだ。しかし、かれらが就職したとたんに、この種の問題は無関係ではなくなるのである。だからこそ、ニュースの背景にある事柄についての先行研究を読む必要があり、何を重点的にセレクトするかなど、それはそれで重労働なのである。学生は先行研究にキャッチアップできれば十分だと思う。

■原宿ナウマン象のように

 「ここにいた」ことを記録する。それをアナログで残す。残像を形にする。教育のプロセスにおいてなされるものごとはすべて未熟であるに決まっている。だから、足跡も痕跡も残さないようにする方が安全だという考えはまちがっている。生きて学んで感じたことをそのつど形にしていくことで、それは共有され、あとから来る人たちに踏み石として活用されれば、十分意味がある。自分たちの足跡も形になれば、それを読んで「ああ、こんな時期もあったね」と感じることで吹っ切って、自然に次のステップに進めるものである。国学院大学におけるそうした痕跡の集積が「国学院物語」という群像劇を形成していくことになるのではないか。本プロジェクトはその第一歩である。原宿ナウマン象の新しい第一歩である。






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